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ある週末の、家族との対話たち。
日曜の夜。晩ごはんを作ったのだが、妻と娘は寝ていて、息子はまだ帰ってこない。一人静かな時間。
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この週末は、家族一人一人と会話をする時間があった。みんなが揃う時間はなかったが、それはそれとしてなかなか印象深かったので、残しておこうと思う。しつこいけどこのブログは、なかったことにしないために書いている。

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小5娘は最近思春期だ。昨日彼女に「思春期だよね」と言ったら、徐ろにYouTubeを付けて、彼女が好きな花譜さんの『過去を喰らう』という曲のMVを見せつけてきた。歌詞の中に「反抗期だと疎まれた子供達は復讐に走り、意味にすがる腑抜けた大人たちは歌を歌いたがる」という言葉があり、ここを読んで、という。簡単に思春期の一言で片付けた私が、腑抜けた大人に思えたのかもしれない。「確かに、通り一遍な括り方をしてしまったかもね、●(ムスメ)には●の考え方があるのにね。ごめんね」と謝ったら納得してくれたようだ。

いわゆる素直で聞き分けの良いタイプの子ではない。気分屋で、テンションの波が大きい。一方で、個人的にあまりに素直で柔順な子どもを見かけると、それはそれで違和感を抱いてしまう。そんな話をしたら、「それは仕方ないよ。洗脳とまでは言わないけど、多かれ少なかれ親の影響は受けるから。私だってこの家に生まれてなかったら村上春樹なんて読んでないし」。そう言って彼女は、今読んでいる村上春樹の本の好きな一節を教えてくれた。

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高1息子は昨日、KBCシネマに『レザボア・ドッグス』を観に行った。ちゃんと古典を押さえに行って偉い。面白かったようで、「まだレイトショーで何日かやってるよ。観に行ったら?」という。でもなぁ、映画ばっかり見てたら母ちゃんにまた家庭を顧みないって言われるからなぁ、と言ったら「別にそうは思わないけど」とフォローを入れてくれる。そして、友達と遊びに行くのに3,000円必要というので、またあっさり3,000円を渡してしまい、彼は颯爽と出かけていった。

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奥さんが西新のよもぎ蒸しに行き、その帰りに合流して焼肉ランチ。よもぎ蒸しのあとに内蔵マッサージをしてもらいながらそのマッサージ師といろいろ話をして、号泣してしまったらしい。旦那が家庭を顧みないことについて話したら、旦那さんは一人だけ家族の群れから離れている、でも家族を飢えさせないことに関しては真面目にやっている、仕事が好きなのもあると思うけど、まあ狩猟民族みたいなものですね、とのこと。子どもたちについては、もう立派に自分の世界を持ってるから心配することはない、あなた自身がとらわれている理想の形があって、それに気付いていないのかも。息子さんが一番大人ですね、と言われたとのこと。心当たるフシがあったのだろう。それで涙が止まらなくなったらしい。

そういえば昨年末、奥さんから「今年もおかげでぬくぬく暮らすことができました」と言われ、そのことがとても嬉しかった。自分にとっては一番の褒め言葉だと話したことがあるのだが、それで合点がいったとも言われた。家族という共同体に対して薄情な自覚はあるが、そういう解釈(狩猟民族)もあるのかと自分でも興味深かった。ハンターのような特性は持ち合わせていないのでなおさら。

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家族と話をするのは面白い。それが永遠じゃないことを自覚して、その瞬間瞬間を暮らしたいね。
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# by rin_magazine | 2024-01-30 08:36 | 日々のできごと | Comments(0)
自分に時間をかけて
この週末は、これまでやろうと思いながらなかなかできなかったことをいくつかクリアできた。

玄関にスマートロックを取り付けること(鍵がなくても指紋で入れるようになった)。奥さんと近所のカフェに行くこと。NETFLIXで『ちひろさん』を観ること。書斎の窓にスモークを貼ること。目立ってきた白髪を染めること。

こうして羅列してみると感慨深い。本当にずっと、ただこれだけのことをやるのが億劫で、気持ちも身体も付いてこない日々が続いていたのだ。余裕のなさが解決したわけではなく、何ならまだまだ他にもやるべきことは山積みなのであるが…それでも。何かが「できた」ということは、少し嬉しい。

もう一つ、できたことがある。植本一子さんの『愛は時間がかかる』をやっと読み終えた。5月に買って、少し読んではストップし、今日終盤を一気に読み終えた。あとがきを読み終え、見返しを開いたところで、一子さんが書いてくれたサインが出てきた。7月に福岡でこの本の出版記念イベントがあり、そのときにもらったのだ。書かれていたのは、

「自分に時間をかけて」

という言葉。彼女は新作のたびにサインに書き添える言葉を一つ決める。確か「今回はこれなんですね」なんて会話をしたのだが、その実ちょっと今の自分に刺さるとも思っていたのだった。
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イベントのときは半分くらいまでしか読んでいなかったのだが、そのイベント内で割と重要な告白を彼女はしていて、それを思い返しながら最後の章を読むと何とも言えない気持ちになる。ある意味、本で予言していたような未来が彼女には待ち受けていた訳だが、かつての一子さんなら取り乱していたであろうその事実を、彼女は驚くほど淡々と話していた。そこにも、この本で綴られていたトラウマ治療による変化が表れていたということだろう。

最後の章のタイトルは「あかるいあきらめ」という。不思議なことに、そこで語られる「諦め」の感情と、昨日観た『ちひろさん』のセリフがリンクする。

「気付いたんだよね、人の心を独り占めすることなんてできないってことに」

一子さんが到達した境地がそこに近しいかどうかは想像するしかないけれど、彼女の過去作である『かなわない』の中で一子さんのカウンセリング相手になっていたのは、他ならぬ『ちひろさん』の作者である安田弘之さんだったから、個人的には妙な符号を感じた。呼ばれたかのような巡り合わせ。今日このタイミングで読み終えたのにも、意味があるのだろう。

こんな風にブログを書くことも、「自分に時間をかける」ということのような気がする。そんな時間の過ごし方を久しぶりにできた。イベントで一子さんに会ったときに、「(今日のことは)そのうち言語化したい」と話したのだけど、やっとできました。

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植本一子『愛は時間がかかる』はこちらから。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480815729/

# by rin_magazine | 2023-12-03 20:10 | 読んだ本の感想 | Comments(0)
映画と息子。
高校1年生になる息子は、最近ことに映画をよく観ている。友達と映画館にも行っているようだし、プライムやネトフリだけでなく、興味はあるが配信のない作品はTSUTAYAで探してもいるらしい。借りてくる作品のチョイスが、なぜかよく分からないが割と2000年前後の作品が多く、個人的には懐かしくもどうやってこの情報に行き当たっているのかは分からない。

こないだも、黒沢清監督の『アカルイミライ』を借りていたので、こんな会話をした。

前園「俺も高校生くらいで音楽とか映画とか熱心に興味を持つようになったけど、俺と君の決定的な違いは、親と映画の話ができることだね。特に母ちゃんの映画の知識はそんじょそこらの親御さんにはないものだと思うから」
息子「うん。何か家にあるものだけでもいろいろ目に入るから、影響を受けざるを得ない自覚はあるね」

妻は若い頃、熊本の単館系の映画館に長く勤めていて、映写技師をしたり、ローカルの雑誌で映画のコラムを書いたりもしていた。私はそのローカル誌の編集者で、その映画館に出入りしていた関係で出会い今に至る。家にはその当時の映画雑誌やポスター、DVDがたくさんあるし、日常会話の中でもよく映画の話題が出るので、息子が映画を好きになるのは自然なことだったのかもしれないが、そういうことを狙ったり意識したりしていた訳ではないので、この状況を新鮮な感覚で眺めている。

昨日の夜、寝ようとしていたら息子と妻が書斎でしゃがみ込みながら、一昔前の映画雑誌を開いて「これが面白いよ」とか「これこないだ見た」みたいな話をしていて、その絵面がとても良いなと思い、こうして書き残している。

息子に、来年春に閉館する福岡の老舗映画館・中洲大洋の話題を振ったら、「行ってみたいんだよね」と言うので、何か一緒に観に行こうよと言ったら「うん」と言ってくれた。彼が小6くらいの頃に一緒に観たい作品があるんだけどと誘ったら、「イヤだよ恥ずかしい。この年頃の子どもを映画に誘うなんてナンセンスだよ」と言われたことがあるのを思い出し、最近の息子は穏やかだなと、変な感慨に耽っている。今回の約束は、良い作品で実現したいね。

# by rin_magazine | 2023-10-26 08:17 | 子どもたちの成長記録 | Comments(0)
見汐麻衣さん『もう一度猫と暮らしたい』を読んだ話。
 見汐麻衣さんのエッセイ集『もう一度猫と暮らしたい』を読んだ。

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 見汐さんのことを知ったのはいつ頃だっただろうか。多分2000年代。彼女は福岡で埋火(うずみび)というバンドをやっていた。叙情性のある歌詞や澄んだ歌声がとても好きで、時々ライブを観に行っていた。ステージで歌う姿には、同年代とは思えない度胸と愛嬌、そして色気を感じさせるところがあり、当時の福岡の音楽シーンでも一目置かれている存在だったと思う。

 やがて埋火は解散するものの、見汐さんが音楽活動を続けていることは薄っすらとSNSなどで知っていて、そのことを嬉しくも思っていた。文筆の仕事をしているのも何かの折に認識していたが、彼女が本を出したというのを知り購入した。

 読み終えた今、彼女の豊かな才能に改めて打ちのめされている。幼少の頃の記述も多いが、その記憶が驚くほど繊細で、幼き彼女が抱いた寂しさや喜びといった感情の襞に触れているような、その時の心情を追体験させられるような切実さがある。埋火のライブで感じていた彼女の度胸や色気のルーツを知ることもできて感慨深い。幼少の頃から人前で歌いお金を稼いでいたこと、小学3年生の頃には「うたうことは、学校に行くこととも、ご飯食べることとも同じことやけん、やめるやめないやないけん」と言い切れるほどの経験をしていたこと。だからこそあの表現力が身に付いたのか、と分かった気になるのは安易かもしれないが、歌うべくして歌い続けている人だということは痛いほど分かった。

 表題でもある「もう一度猫と暮らしたい」というエッセイの内容も壮絶だ。柔らかな表紙のイラストで、ほのぼのとした猫との暮らしを想像していたが、とんでもなかった。命の価値が等しいものではないという、戦時を経験してきた世代の当たり前を、年端もゆかぬ彼女が真正面から受け止めざるを得なかったこの一編を読むだけでも、この本を手に入れる価値はある。同じ昭和50年代生まれ、今になって思えば、あれは戦後の残り香だったのだと思いを馳せられる祖父母の言動はここかしこにあった。昭和後期生まれの地方昭和史とも呼べるような時代性も、この本には確かに息づいている。

 ここ数カ月、心に余裕のない日々が続いており、ちゃんと本も読めなかった。こういう時に限って、何か大事なものを損なっているような経験ばかりが積み重なり、半ば強引にでも歯止めをかけなければと思ったときに、数カ月前に買っていたこの本が目に入った。きっと呼ばれたのだろう。こうして記録しなければ、残さなければ、忘れ消えていってしまう感情がある。5歳、6歳だった頃の子細な感情を、ここまで克明に描き切る見汐さんの繊細な感受性に触れられて、目が覚めるような思いをしている。だから、こうして久しぶりにブログを書いた。いい文章を読むと、何かを書きたくなる。

見汐麻衣さんの『もう一度猫と暮らしたい』は、ここから買えます。

もっと多くの人に知られるべき才能だと思うし、読み終えた今思うのは、また見汐さんの歌う姿をこの目で観たいということです。


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# by rin_magazine | 2023-10-08 18:24 | 読んだ本の感想 | Comments(0)
ドキュメント サニーデイ・サービス
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KBCシネマで『ドキュメント・サニーデイ・サービス』を観た。

サニーデイ・サービスは、高校生の時に好きになったバンドで、今でも思い入れがある。そういう人でないと多分観ない映画だろうから、思い入れのある人は観に行ってほしい。同世代には多いはず。あの頃、サニーデイ好きな人は大体友達だったよね。

インディーズ、デビュー、解散、ソロ、新しいバンド、再結成、ドラマー晴茂さんの死、新しいアルバム、新しいドラマー大工原さん、そしてコロナ。バンドのエポックな出来事を、周囲の人たちの証言とライブ映像を織り交ぜつつ、ほぼ網羅的に描いている。

はっきり言ってクソ長い。でも長いことは監督も織り込み済みであろう。多分、曽我部さんの熱量に対峙したときに、中途半端に削るべきでないと考えたのではないかと想像する。
この映画の魅力はたくさんあるけど、その一つは曽我部さんの顔の変化だと思う。若い時から最近の姿を比べると、同じ人間には見えない瞬間がある。特に、晴茂さんの追悼ライブで『BABY BLUE』を歌うときの、悲しみに覆われたような、何かが憑依したような、曽我部さんの顔が忘れられない。自分は晴茂さんの死というニュースを消化しきれていなかったけど、だからこそこの映画を観られて良かった。そして、ここが映画のハイライトじゃないことも申し添えておきたい。

上映期間は多分そんなに長くなく、来週には終わります。もしこの文章を観て、一人でも興味を持って映画館に行ってくれたなら本望です。
# by rin_magazine | 2023-08-01 21:52 | 観た映画の感想 | Comments(0)